銀河夢急行

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国鉄紀勢西線で活躍していたEF58-66がNゲージモデルに。懐かしい天鉄局の竜華機関区。

画像は、ごく最近にて購入したカトー(関水金属)製のNゲージモデル、EF58-66等です。

地下鉄鶴舞線の丸の内駅にも程近い昔から行き付けの鉄道模型店を訪ねた際に。

EF58-66の実物。今でも奈良市内にて静態保存されているようだが。

前頭部には氷柱除けのような庇があることが大きな特徴ですね。

恐らく、若かりし頃は上越線高崎線信越本線の新潟口で客車列車を牽いていたことだろう。

1978年頃の紀勢西線(和歌山〜白浜〜新宮)の電化開業時までには、大阪府内の竜華(りゅうげ)機関区に転属か。1986年3月までは天王寺〜新宮でこれまでのDF50に代わり、定期普通客車列車を牽引していたと思います。

私自身も同年1月頃には夜行普通列車の924客レに乗りました。具体的な機関車の車号は覚えていませんが、客車は既に12系化されていましたね。うん。(EF58-39だったのかもしれない……)

また1978年から1986年3月までは前身の定期夜行普通列車“はやたま”を天王寺〜新宮にて牽引。この区間は寝台車のスハネフ12、スハネ16も連結され、新宮〜津〜亀山〜名古屋はごく平凡な客車列車としてDD51が牽引していたものでした。

しかしながら、国鉄天王寺鉄道管理局・竜華機関区のEF58、貨物列車牽引用のEF15も老朽化が進み、それ以降はEF60(500番代)に交代。

それも結局は長続きせず、1986年11月1日(あ!そう言えば、本日から、ちょうど39年前か………)の旧国鉄最後のダイヤ改正では、阪和線紀勢西線の貨物列車は全廃になり、定期普通客車列車も電車化。竜華機関区自体も呆気なく廃止になり、阪和線紀勢西線から電気機関車は姿を消しています。

その後は宮原車両センターのDD51やDE10が臨時客車列車の牽引担当になり、現在に至っていますね。

……………国鉄時代の紀勢西線で活躍した電気機関車は画像の実物のEF58-66のほかにはEF58-39、EF58-44、EF15-158、EF60-503、EF60-511の辺りか。汽笛の音色も何だか物悲しげで、紀勢西線阪和線の近々での電気機関車全廃を予感させるような印象でした。高崎線等で働いていた元気さも萎えていたような。

EF58たちがこの路線でも冬場になれば決まって出していた力強い暖房用の水蒸気は今なお印象的だが。

なお、紀勢西線紀伊田辺〜新宮は丙線と線路等級が低めで、軸重が大きいEF65とか今のEF210では速度制限もかなり厳しくなるそうな。2車体連結方式のEH200とかEH500ならば、それほど問題はないのかもしれないが。

せっかく直流電化されていながら、後継機にDD51が指定されたのも、そのせいだったか。吾妻線も同様ですね。

さらに、紀勢西線の定期普通客車列車の車両更新に当たり、当初は何と赤い50系の導入が予定されていましたが、結局、青い12系に変更されたとか。

当時の鉄道ファンから密かに期待されていた青いEF58と赤い50系客車のコラボ編成は結局、実現しませんでしたね。

…………………国鉄天鉄局は、最盛期には亀山や宮原にも多数の機関車を持っていたほか、客車区も。山陰本線の長距離鈍行列車にも“天カメ”“天リウ”の標記が見られた旧式客車が。福知山鉄道管理局(福フチ)や米子鉄道管理局(米ハマ)配属の車両とも混結して、客車列車の運行を担っていましたね。いずれも暖房は蒸気だけの対応で、3桁以下の若番号でした。

逆に、東北や甲信越、北陸などは電気暖房対応の客車が多く、2000、3000番代の車号が専らだったが。