




かつては“サンボー”とも呼ばれていた愛知県産業貿易館。
もしかしたら、戦前の広島市内の現・原爆ドームである広島産業奨励館(?)のような立場だったのかも。
数々の見本市が開かれていたものでしたが、リニア中央新幹線の地下トンネルの通気孔が出来るとか何やらで、長いこと空き地や有料駐車場になっていますね。
まあ、名古屋の市電3、18、81系統が付近にて運行されていた頃からあったようです。すぐ近くには名鉄瀬戸線の本町駅や大津町駅もありました。その当時の瀬戸線では、まだ直流600ボルト電化で、本線系上がりの電車をいちいち降圧改造して使われていましたね。
あのモ900形一般特急から発していたミュージックホーンの音色も懐かしい。
本投稿時点では何故か、サンボーの跡地は何も建っていないようだが。
画像は、その付近です。かつては中部日本新聞(現・中日新聞)名古屋本社もありました。今は新しい中日病院に。市バスの停留所名も外堀町通本町から外堀通に変わりましたね。
その当時は中区御幸本町だったかな。今は中区丸の内三丁目ですが。
その市電の停留所名もずばり、名古屋城でした。
猛暑の先日昼に訪ねた外堀通停留所。私自身もいろいろと思い出があり、1971年春当時の市バス路線では8系統(栄〜江向〜庄内公園。今の栄13系統に相当)、17系統(名古屋駅前〜市役所〜守山。今の幹名駅1系統大曽根ローカルに相当)、18系統(名古屋駅前〜幸心。今の名駅14系統に相当)、143系統(名古屋駅前〜上飯田町。今の幹名駅1に相当。市電81系統の代替路線)にも、よくお世話になったものです。
中でも17系統は、まだワンマン化されていませんでした。
あ、そうそう。同じく40系統(名古屋駅西口〜大森霞ケ丘)のことを、すっかりと忘れていたわ。ホンマに長距離だった、所謂、3区運賃系統でしたね。
他には108系統(市役所〜大須〜金山橋)とか116系統(名古屋駅前〜名古屋城南〜栄)もあったような。とにかく名古屋の市バス全盛時代の最後を飾った路線系統でしたね。うん。
……………また、東海財務局とみられた威厳豊かな古典的な中層ビルも。今は名古屋銀行に払い下げられたようで、その上で新しいビルに建て替えられていますね。しかしながら、あの勇壮な門だけは何とか保存。
……………撮影当日はお盆期間のためか、市バスも休日ダイヤでしたが、やはり名駅14系統市役所ローカルは増発扱いにて運行。しかしながら、その臨時便の本数は、ひと頃よりは、かなり減らされたようだ。
・追伸(8/19未明)…………投稿文面を一部修正しました。あしからず。