
本投稿時点から、ちょうど58年前のこと。
名鉄は1967年(昭和42年)8月22日に大規模なダイヤ改正を全線にて実施しています。
因みに私自身は小5で、愛知県豊橋市内に住んでいました。
それまでは、OR車の3400系や3850系、3900系が名古屋本線の急行として豊橋駅に乗り入れたこともあったようですね。大半はSR車化されていましたが。
この改正ダイヤでは、瀬戸線以外の急行を全廃して、座席指定特急、一般特急、準急、普通の営業運行になり、各駅停車よりは、むしろ都市間速達輸送が中心に。
まさしく当時の日本の高度経済成長時代に相応しいダイヤでした。
また、支線直通一般特急も華々しく運行されて、当時の新名古屋駅から見た場合、御嵩、八百津、蒲郡、碧南、刈谷経由吉良吉田、豊田市、豊川稲荷行きの支線直通一般特急、中には津島経由玉ノ井行きも。
これらの支線直通一般特急も蒲郡行きは概ねSR車でしたが、それ以外は古臭いAL車、OR車とかHL車。そのため、後には初代パノラマカーに準じた7300系や7700系が誕生しました。まだ6000系はありません。
ちなみに7300系とか3780系は廃車体から台車やモーターを流用した吊り掛け駆動車。7700系こそ初代パノラマカーの仲間でしたね。
名鉄では、ほぼ全ての電車が片側2扉且つ転換クロスシート車で、通勤通学輸送よりも観光輸送に重きが置かれていましたね。うん。
これも、当時の土川元夫社長のワンマン且つ頑なな経営理念でした。
今となっては些か批判的な経営方針でしたが、博物館明治村の創設など、地域振興の面では少なからぬ寄与も。かなり早くから、大衆冷房車の5500系を投入していますね。
この時点から1974年9月18日の急行復活ダイヤ改正の目前までが、初代パノラマカーの花盛りだったか。
中でも7500系はその最たる存在でした。定速制御システムのため他形式車両とは併結出来なかったせいか、簡易運転台付きの中間車も用意。
ちなみに近鉄のアーバンライナーplusたる21000系にも、よく似た立場の中間車があるようだ。
しかしながら、当時のSR車は基本的には抵抗制御な上に、小型高速モーターによる全電動車方式の編成。何と電力浪費型な電車だったことか。
趣味的には確かに楽しい時代でしたが、その陰で支線内のローカル列車は、いつまでたっても吊り掛け駆動のオンボロ電車のままでしたね。私自身はその当時、まだ高校生でした。
あれから1973年秋には石油危機に見舞われて、初代パノラマカーの立場もそろそろ危うくなりましたね。
この時点にて、長らく続いた日本の高度経済成長時代はピリオドが打たれました。
そして、1998年頃からは白帯組成の7015Fを皮切りに淘汰が始まり、2010年8月30日をもって7000系は営業運行から完全に姿を消しました。7700系や7100系も、その翌年には全廃されています。
恐らく、名鉄の次の大掛かりなダイヤ改正は2033年頃に予想される名鉄名古屋駅の新ホーム移転時だろうが。
その時までには知立駅も全面的に高架化達成の予定。ホンマに三河山線への直通特急なんて誕生するのかな?
・追伸(8/24昼すぎ)……………投稿文面を一部修正しました。あしからず。