

名鉄の元祖パノラマカーこと初代7000系が完全に営業路線から姿を消して、本日にて早くも丸15年が経過しました。
旧国鉄豊橋駅の3番線ホームにて、その一番列車がテープカットしたのは1961年6月1日午前9時頃のこと。
残念ながらも、私自身は当時はまだ4歳のこともあり、その記憶は殆どありません。
この日に7001、7003、7005Fが6両組成にて華やかにデビューしましたね。うん。
https://www.youtube.com/watch?v=EkNBoHHpgYU
その後、1963年には既存のSR車との併結を一切、考慮しない7500系もデビュー。こちらは定速制御機能や回生制動も搭載したため人工頭脳車とも呼ばれたらしい。
しかしながら、余りにも製作費が高かったせいか、増備は1970年頃までには打ち切られています。
その後、1972年には通常運転台構造で走行機器を旧性能のAL車の一つ、3800系から流用した7300系、翌1973年には他のSR車と併結出来て、先頭部だけを通常運転台構造にした純新造の7700系へと発展し、一つのパノラマカー文化を形成しました。
しかしながら、高度経済成長時代が終わり、今のような純通勤型車両が強く望まれて、社長が土川元夫さんから竹田弘太郎さんに交代してからは、その華やかな文化にも急速に陰りが。
結局、1975年6月に就役した中間車の7100番代を最後に、初代パノラマカーの製造は打ち切られていますね。
……………その後は1976年から1992年まで6000系列の増備が続いて、まずは1980年頃より戦前・戦後製のAL車から淘汰。その時に852、808、831、832、3501(初代)各Fが廃車に。いずれも旧名岐鉄道上がりで戦前生まれの名車でした。
1993年以降は今の3500系や9500系といった高速性能と加速性能を何とか両立させたECB車群の時代に。こちらは専ら従来のSR車群や6000系列を淘汰する役目になり、現在に至っています。近隣のJR東海で言えば、今の315系3000番代のような存在だね。うん。
確か7000系の本格的な廃車が始まったのは1998年頃かな。まずは白帯編成だった7015Fから処分が始まりましたね。3100系の第2次車がデビューした時か。
……………そして、さらに約10年が経過し、7500系が全廃に。こちらは高速性能だけを追求したというプライドもあってか、その引退の前々日まで名鉄岐阜〜豊橋の快速急行(当時)にも充当されました。最期まで決してローカル列車用には凋落しなかった、いかにも誇らしくて、輝かしい去り際でしたね。うん。
しかしながら、床が低過ぎたこともあり、空港線だけは全く姿を見せることがありませんでした。
……………2005年初頭に引退した5500系もそうでしたが、7000系の晩年は惨めなもので、ごく一部の運用を除き、犬山〜東岡崎の普通列車ばつかり。私自身も何度か乗りましたね。
その中で、新可児〜中部国際空港での急行運用は最期の晴れ舞台でした。5500系は中部国際空港駅には営業前の試運転や空港職員輸送で、密かに顔を出していただけに過ぎません。
………………そして2009年12月26日には犬山モノレール線(犬山遊園〜成田山〜犬山モンキーパーク前)の廃止と同時に、残存していた7000系の4両組成☓3本も日常的な営業運用から引退。当時53歳を迎えたばつかりの私自身も神宮前〜江南にて最後の乗車に肖りました。その組成は確か、7043Fだったかな。
↓下の画像は、その7043Fの辺りだろうと思いますが、具体的な撮影場所や日時は忘れてしまいましたわ。あしからず。もしかしたら、各務原線の三柿野駅だったのかもしれないが。

奇しくも、その当日夕方には1700系と2330番代を固定連結させた、新たな特急組成もデビュー。2200系の豊橋、河和、内海駅への乗り入れも本格化。
でも、まさか、あの1700系がそれから程なく廃車されるなんて全く予想していませんでした。やはり、いろいろと問題があったようだ。
1230系や1850系ならば早々の廃車は予想していましたが。これらは7500系後期型の走行機器を流用していたから。
神宮前駅の1番線ホームでは初代パノラマカーのお別れ式も開かれ、私自身もやや離れた位置にて立ち会いました。私自身はその当時、53歳を迎えたばつかりだったかな。
……………その後は画像の7011Fだけが生き残り、蒲郡駅や御嵩駅、さらには各務原線の名鉄岐阜駅にも団体貸し切り列車で元気な姿を見せました。それぞれ御嵩駅と蒲郡駅にて撮影。あの頃は私自身も、まだまだ若かったなぁ…………。(笑)
但し、それも束の間で、2010年8月30日限りで完全に引退。翌9月15日には7011Fも名電築港付近で解体されてしまいましたね。改めて合掌並びに献杯。その頃は今夏ほど暑くはなかったと思うのだが。うん。
……………7000系の派生形式である7700系と7100系も、2011年には三河線内のワンマン運用を最後に引退しています。
これで、名鉄の7000系列はここ当面は欠番に。果たして将来での復活はあり得るのかしら? それとも永久欠番かな? まさか王貞治、長嶋茂雄、鈴木一朗、川上哲治各氏の背番号でもあるまいが。(苦笑)
・追伸(8/31早朝)……………他にも、名鉄初代パノラマカー、7000系の今となっては貴重な画像を貼っておきましょう。撮影は2008〜2010年頃です。それぞれ神宮前駅、こどもの国〜三河鹿島間、鳴海駅、豊橋駅にて。
豊橋駅については、この場面が初代パノラマカーの最後の乗り入れになりました。本来は既に3500系による列車ダイヤでしたが、この日だけ特別に充当されたものです。




なお、これらの名鉄7000系車両は既に全部解体されましたが、モ7001、モ7002と初代3400系のうちのモ3401(元モ3403)だけは、そのまま舞木検査場内にて今も静態保存中。その他、8800系と5500系、7500系のそれぞれ1両ずつは先頭部だけ保存されていますね。
また、6001F(今は2両組成化)も既に営業運用からは離脱しましたが、今なお舞木検査場の片隅にいます。今後の処遇も気掛かりだが。うん、
・追伸2(9/2朝)…………単純計算によれば、終戦直後に急造されたAL車の3800系は71両。外観はややボロかったものの、コンパクトな自動進段制御(オートマチック・ライン・コントローラー)で故障も極めて少なく、運転現場でも好評でした。後の5500系や7000系列、6000系の開発にも大きな影響を与えましたね。
この形式は狭軌時代の近鉄名古屋線や養老線にも団体貸し切り列車として乗り入れたことがあります。逆に近鉄からはモ6301形が常滑や犬山、国鉄豊川、鳳来寺駅等まで幅広く乗り入れていたとも。こちらも団体貸し切り輸送に限定でしたが。
赤い初代パノラマカーシリーズは7000系が116両。7500系や7700系も含めれば総勢212両ぐらいだったかな。
そして6000系は総勢156両。他にも6500系や6800系(正式には6000系6800番代)も多数造られました。これら6000系列は一応、7500系を除く全SR車とも併結は可能でしたが、実際には臨時回送の時以外、こうした併結運用はありません。
…………しかしながら、1993年以降は今の3500系や9500系等、ECB車且つVVVF車に移行。従来の車両とはブレーキ指令方式が異なるため、併結出来ません。こちらも広義ではSR車やAL車とも言えますが、運用自体は全く別立て。これまでの6000系列とは自ずと立場は異なりますね。
私自身も、これまでには800系そして3800系以降の多彩な名鉄電車に乗ってきましたが、まさしく盛者必衰、諸行無常の思いがひしひしだ。

………………お隣の近鉄でも8Aシリーズ(名古屋線用の1A、1B系や南大阪線用の6A系も含む)の台頭で、遠からず、そのような展開を否応なしに見せるだろうね。うん。あの1600系タイプの顔をした通勤型電車は恐らく全て淘汰対象とみられます。